週報2011年3月

3月2日卓話「三 和 の 中 国 よ も や ま 話」

山 地 真 人 会 員

まずは「お詫び」です。私は超長期間に渡り出席率が極端に悪く、皆様に多大なるご迷惑をお掛けして来たこと、深くお詫び致します。

今回「三和の中国よもやま話」と題し、中国と日本を比較する事で、日本の業界(私共の場合は建設業界)の「多くの素晴らしい点」を再発見できた事を、お話し申し上げました。そして、この様に思いが変わった事により、国内業績が向上できた事をお伝えし、多くの皆様が描いておられる「国内各業界の暗いイメージ」を少しでも改善して頂ければ・・と、考えた次第です。

なお、私の9年余りの体験では、まだまだ中国の「本当の姿」を判断、把握しかねていますが、少なくとも当社の現地法人を通して、中国での多くの日系工場でリニューアル工事をさせて頂く限りに於いては、「尖閣諸島の漁船衝突事件」以降も日本と中国の商取引関係等は良好であり、この関連での問題は一切おこっていないと確信しています。

本日は、私の卓話をご傾聴いただきありがとうございました。

バナーの交換
バナーの交換

3月9日第32回例会に、宇和島ロータリークラブ会長亀岡明彦氏がメイクアップ出席されました。ご挨拶をいただき、バナー交換をしました。

ご挨拶では、宇和島RCの自己紹介につづいて、ロータリー意識の高揚をよびかけられ、例会の持ち方・運営手順について学びたいとのことでした。

ローターアクト活動報告

       香川大学ローターアクト 会長 大島晋太郎君  副会長 落合聡史君

香川大学RACを紹介する板坂RAC委員長
香川大学RACを紹介する板坂RAC委員長

香川大学ローターアクトクラブは、現在約80人の部員で活動しています。今年度の活動報告をします。

例会は、毎月第二第四月曜に行っています。それぞれの例会では、担当の者が企画を考え、様々な企画を通して、親睦を深めています。

主な奉仕活動は、献血活動とひろえば街が好きになる運動です。

献血活動は、目標を定め、ティッシュ配りや着ぐるみを着ての呼びかけ、献血スタッフの手伝い等、さらにテレビ(DONDON)にも出演し、献血の告知をおこないました。

サマキャンでは 昨年よりも多い採血者数105人を達成し、クリキャンは過去最高の161人を達成しました。また、岩手県で学生赤十字奉仕団を立ち上げた女子学生の実話をもとに日本赤十字社初の広報映画「八月の二重奏」の上映会を通じて、年々減少している若年層への献血活動を広めました。

ひろえば街が好きになる運動はJTが行っている活動で、ゴミ袋の配布と清掃を船の祭典2010、さぬき高松祭り、徳島阿波踊り、仏生山大名行列そして高松冬のまつり等各種イベントに参加して、呼びかけ活動をしています。

松山で行われた第24回地区大会に参加させていただき、踊りを披露しました。

夏合宿は、8月に小豆島で行い、海水浴やBBQをして親睦を深めました

 また、10月の香川大学祭では、ベビーカステラを作って販売。大好評でした。

これからも活動を続けていきます。よろしくお願いします。

3月16日 卓 話「栗林公園の花水木秘話」  越智 繁彬会員

 栗林公園北門から少し入った辺りと中央通りに面した三木武吉像のある一角には毎年4月から5月にかけ、華麗なハナミズキの花が入園者の目を楽しませています。

 この話は1905年日露戦争の時代にまで溯ります。日本海海戦に勝利した日本は、セオドア・ルーズベルト大統領の仲介で1905年講和条約を結んだのです。

 この頃日本の桜の花の美しさに魅せられポトマック公園に桜を植えたいと活動する紀行作家のエリザ・R・シドモア女史、米国農務省のディビッド・フェアチャイルド博士、アメリカ第27代目大統領のヘレン・タフト夫人が活動を始めていました。

 日露を講和に導いてくれたアメリカの恩義に報いたいと考えていた衆議院議員で東京市長の尾崎行雄はこの計画を知り1909年、2000本の苗木をワシントンに送りました。ところが検疫検査で害虫と病気に冒されていることが分かり全て焼却処分されてしまいます。日米親善の大失敗に尾崎市長は、タフト大統領に謝罪し再度健康な桜の贈呈を約束しました。健康な苗木を育てあげ1912年、3020本の桜苗木がワシントンDCに送られました。3月27日ヘレン・タフト大統領夫人と珍田いわ日本大使夫人によってソメイヨシノの苗木2本が植えられました。

ハナミズキの花言葉は返礼、1915年に桜のお礼として農務省のスイングル博士がアメリカの代表としてハナミズキ(白花)苗40本を持って来日、東京の日比谷公園・都立園芸高校、小石川植物園などに植えられました。日本にハナミズキが始めて渡来したのです。

 満州事変などで米国での半反日感情が高まり「日本の桜は、ぜんぶ切り倒してしまえ」という声もあがりましたが、多くのワシントンの人びとが反対しました。

 一方日本では、日米開戦でハナミズキは敵国の花として冷たくあしらわれ、終戦後人々の記憶から消えてしまっていました。

 朝日新聞のコラムニスト荒垣秀雄は「1966年5月3日号の週刊朝日」に次のようなエッセイを寄せました。

 日本から贈ったポトマックの桜は米国民の丹精で世界的名所になっているのに、向うからプレゼントされた花水木は、広く愛されもせずさびれた姿である。これでは花の交換も一方交通というほかない。花水木の立派な名所を造ってこそ、花の親善も互いに花咲き実を結ぶというものだろう。日本の「桜復興運動」も花水本を忘れては片手落ちで、車の両輪として両方併行して栄えさせたいものである。ロータリー倶楽部などが一肌ぬいでみたらどうだろうか。

 呼び掛けに呼応した東京ロータリークラブはクラブの創立五〇周年プロジェクトとして花水木の植樹を決定、たまたま例会に出席していたアメリカ、ペンシルベニア州のG.ユーリッグパストガバナーの配慮によって、アードモアロータリークラブからハナミズキの苗木300本が送られてきました。1973年10月、美濃部東京都知事も参加して皇居外苑北の丸公園に植樹しました。

 高松市の栗林公園には、高松南ロータリークラブが、1979年3月14日に社会奉仕活動の一環としてハナミズキの植樹を行いました。社会奉仕委員会の斎藤一雄委員長が「例会後、栗林公園へハナミズキの植樹を行うので参加を…」と呼び掛け、公園北門付近に30本、中央通りに面した三木武吉銅像の一角に5本の計35本を植樹し、現在も美しい花を咲かせ来園者の眼を楽しませています。

3月23日卓話「お 酒 の お は な し」

西野信也会員

お酒は、醸造酒と蒸留酒の2種類にわけられます。醸造酒は昔からある自然発酵させたもので清酒、ワインやビール等です。蒸留酒は醸造酒を蒸留したものでウイスキーや焼酎、泡盛等があります。

日本酒は世界最高の醸造技術を駆使したお酒で、その技術の起源は奈良時代まで遡ります。醸造用水は軟水と硬水があります。主に京都は軟水で、全般にバランスのとれた女性的なやわらかさがあります。硬水の代表は灘で、荒削りな男性的、夏を越すといい酒になります。私のところは弱軟水で、硬軟両方のいいところをとっています。もう一つ酒を美味しくしているのは原料米の精白技術の長足の進歩です。ですから日本酒のうまさは原料4割・技術6割といわれ、評価も全ての項目の高評価を要求されます。対してワインは主に原料葡萄の品種と採取場所、技術よりも原料が大きく左右し、評価も飛び抜けて高い評価項目があればOKです。それにワインは食中酒で食事内容にあわす必要があります。日本酒は神に奉げるもので、基本的には酔うものです。最近の食事前・中・後のお酒の出し方の乱れを嘆いています。出された食事の味覚を大切にした飲食をお願いします。

最後に、日本酒の甘口・辛口ですが、日本酒度(ラベル等に書かれている)のみでは決められません。日本酒の味わいは糖分だけでなく、酸度.アミノ酸.アルコール度などにも関係してきますし、体調でも甘辛の味覚を左右します。疲れたら甘口、酔っぱらう時は辛口をお勧めします。後はまた次の機会にお話ししましょう。

3月30日客話「RYLAセミナー報告」

RYLAカウンセラー 荻 田 智 子 様(高松北RC)

 RYLAとは、Rotary Youth Leadership Awardsの頭文字をとったものです。主旨は「リーダーを育てるためのリーダーの養成」をするプログラムです。

会場の余島は、真っ白な砂浜と穏やかな海にかこまれた風光明媚な島です。この島で4日間、高いレベルの講義と討論が繰り広げられました。受講生の自由と自立を重んじたキャビンタイムやフォーラムに向けての徹底した話し合いや学びあいは、一貫して「人間はいかに生きるべきか」を問いつづけるものでした。私の担当したカウンセラーも特色の一つで、受講生の心にのこる思い出づくりのお手伝いをするものです。

今なお、その責任の重大さをヒシヒシと痛感しています。

Club Banner
Club Banner

 クラブバナーのデザインは、創立時のテリトリーのシンボル的存在だった栗林公園の「箱松」とロータリーのエンブレムを組み合わせたものです。

 箱松とは、その名の通り箱のかたちを装った松。樹芸の粋を極めた箱松は、ほかには見られない特別名勝 栗林公園ならではの景観をつくっています。

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